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池野成U・EVOCATION
―――池野先生に悲劇が?!
舟木一夫のデビュー曲を題材にした『高校三年生』っていう映画があったんだけど、その二作目の『続・高校三年生』(1964年 大映東京/監督 弓削太郎)の音楽は池野さんがやったんだよね。
映画のタイトルには舟木一夫の《高校三年生》が流れるわけなんだけど、そうするとその伴奏の編曲を池野さんがしなくちゃいけないわけですよ。
これがねぇ……、演奏してるこっちにも「池野さん苦労してんなぁ」っていうのが伝わってくるんだけど、たまんないのが歌う方で(笑)。舟木一夫が
「これじゃあ歌えねえ!」
って言うわけ。そりゃそうなんだよね。《高校三年生》のメロディのうしろでコントラファゴットがボーーッ!とかやってる音のかたまりが鳴ってんだから(笑)。
だから池野さんもう一度書き直しさせられたりしてね。大変そうでしたよ。
結局、タイトルと本編の音楽の雰囲気が全ッ然違う映画が出来上がって(笑)。でもそれはそれで面白いから不思議なんだよねぇ。
―――池野先生の印象はいかがでしたか。
そりゃもう、すっごく良い人ですよ。
スタジオで録音が終わるじゃないですか。そうするとね、池野さんがスタジオの出口に立ってて、ミュージシャン一人一人に最敬礼するわけですよ。
こっちにしてみたら録音してる時は演奏で苦労するわ、録音が終わったら恐縮しちゃうわで(笑)。
あの頃は映画二本立て上映なんてのが当たり前だから、こっちも下手すりゃ週に5日や6日は劇伴の録音でスタジオに入ってる。そうすると池野さんや小杉太一郎さんと必ず一緒に昼メシ食べに行くわけですよ。それで「今度、松村禎三さんがどこそこに家を買った」とか(笑)、プライベートなことにいたるまで色々と話して親しくさせてもらってましたよねぇ。
池野さんの音楽ってのは、なんていうんだろう、こう、凝縮したサウンドが好きでね。広い音域のものをバッと狭めたような。ド・ミ・ソなんて音の重ね方は絶対しない。ごく近くの音をくっつけちゃうんだよね。そういうことする人ってあんまりいないから、最初の頃は「この譜面、間違ってんじゃないか?」って思いましたよ。でも慣れてくると、こういうサウンドなんだってことがわかっちゃってるから別になんでもなくなる。
しかも低音なんだよね、池野さんは。わりあいと太い線でとにかく下の方に持っていくんですよ。だから低音楽器がすごく好きでしょ。池野さんのトロンボーンってのがこりゃまた難しいんだ(笑)。
―――池野先生が《EVOCATION(エヴォケイション)》という作品の作曲のために自宅に持ち込んで研究したマリンバは、生明先生のものだという話を聞いたことがあるのですが。
いや、それはねぇ、正確には僕のじゃないんですよねぇ。
昔、どっかのスタジオがつぶれるかなんかで、そのスタジオにあるマリンバを売るってことになったんですよ。最初は僕が買うつもりだったんだけど、そしたら知らないうちに“ゴジラ”ってあだ名の太鼓叩きが買っちゃったんだよね。まぁ、そいつが手に入れたのはいいんだけど、そのマリンバを持って帰って弾くのかと思ったら、ずーっとスタジオに置きっぱなしにしてるわけですよ。
ちょうどその頃、池野さんが今度マリンバを使う曲を書くんでマリンバのことを調べたいって言ってたから、それじゃあってんで僕が“ゴジラ”に
「おまえ、スタジオに置きっぱなしにしとくんだったら池野さんに貸せよ」
って言ったんだよね。それでしばらくしたら池野さんが
「今、マリンバいじくってます」
って話しかけてきて、こっちも「ああ、よかったね」という具合になったんです。
―――池野先生は、そのマリンバを研究しながら10年以上を費やして《EVOCATION》を完成させました。
僕も《EVOCATION》を聴いた時は、いや、良い曲だと思ってビックリして。あれだけトロンボーンを使ってすごいなと思ったし、感動しましたよ。
ただ、曲が出来たっていうんで初演に行ってみたら、マリンバが下の1オクターブ半ぐらいのところしか使ってなくて、
「5オクターブあるマリンバをやたらに長く研究してたわりには演奏する音域あそこだけっ?!」
って正直思ったですよ(笑)。
もちろん作曲家がそういうふうに判断したんだから、それは意味のある重要なことなんですけどね。まあ、こっちは作曲の経緯を知ってるだけに(笑)。
とにかく《EVOCATION》はやっぱり傑作ですよ。
「生明慶二 インタビュー」
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