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生明慶二 インタビュー


(7)

黛敏郎・鏑木創




―――黛敏郎さんとのお付き合いはどのようなものだったのですか。


 黛さんとの付き合いでいうと、昔、黛さんが参加してた「二十世紀音楽研究所」主催の「現代音楽祭」ってのがありましてね、僕はその第一回目から演奏で参加してるんですよ。

 「現代音楽祭」っていうのは5、6回ぐらいやったんですかねぇ。ある時なんかはステージで金魚を泳がせたりしてね(笑)。なんだかくだらないこといっぱいやってましたねぇ(笑)。でも会場には芥川也寸志さんだとか團伊玖磨さんがいつも来ていて。
 そこでは伊部ちゃん(伊部晴美)もギター弾いて、ピアノは高橋悠治が弾いてたんですよ。それで黛さんの曲をやったりしたんです。だから、黛さんと伊部ちゃんと僕の三人はものすごく親しかったわけですよね。

 そうなると、黛さんの映画音楽の録音にも全部参加しなくちゃいけなくなるわけで(笑)。プリペアド・ピアノとか色々やりましたけどねぇ。黛さんが小津安二郎監督作品の音楽やった時も演奏してますよ。
 黛さんの音楽ってのはわりあいと弾くのは大変でした。でもそれはものすごく僕には勉強になった気がしますね。

 あの頃、“黛敏郎”っていったら普通の人はなんかブルっちゃってたけど、こっちは遊び仲間だし(笑)、特に黛さんとは歳も出身地(横浜)も同じだったからぜんぜん平気で楽しく仕事ができましたね。



―――鏑木創さんの音楽録音にもずいぶん参加されたそうですね。


 鏑木創さんの音楽っていうのはねぇ、もう誰の真似でもない。こりゃ面白いですよ。

 鏑木さんっていうのはそういう独特の音楽を持つ人なんだけど、例の《銀座の恋の物語》がヒットしちゃってね、レコード会社とかみんなああいう歌を頼みに来るわけですよ。

 でも、僕に言わせれば鏑木さんの本ッ当のメロディーっていうのは、ああいうのじゃないんです。もう、ホントのオトコ節の人なんですよね。だけど、当時のレコード会社のディレクターはどうしてもみんな《銀座の恋の物語》の甘いイメージを追っちゃってるから、横で見てると「こりゃあ、違うのでは?」と思うようなものを頼まれるわけで、鏑木さんも苦労したと思いますよ。

 あと、演奏する立場から言うと鏑木さんの打楽器が出来るようになったら本当に打楽器奏者として一流だなという感じです。

 ものすごく大変な打楽器です。“大変”といっても弾くテクニックが大変というだけじゃなくてね、つまり一人でカバーする楽器の量が多すぎるわけですよ。身の振り方一つ間違えたら、後はもう全部落っことしちゃうわけで、楽器のセッティングにも細心の注意が必要でしたね。






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