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Salida・CD「早坂文雄と芥川也寸志の対話」好評発売中



「早坂文雄と芥川也寸志の対話」制作経緯


出口寛泰




 ―――伊福部君なんかの非常に土着な臭いと違って、形而上的になるね。

 音楽作品や執筆文章の印象から抱く、繊細・神経質といったイメージとは異なり、その声は飄々とした語り口で雄弁に自己の音楽観を語っている。
 声の主は―――作曲家 早坂文雄。
 早坂は、この音声を録音した5ヶ月後に急逝した。
 ところが、「昭和」「平成」を飛び越え「令和」の時代に肉声録音が奇跡的に発見され、早坂文雄が自身の言霊によって蘇えろうとは、いったい誰が想像し得ただろうか―――




 2021年、『秋山邦晴の日本映画音楽史を形作る人々 アニメーション映画の系譜』(DU BOOKS)が刊行された。
 『キネマ旬報』1971年10月下旬号~78年8月下旬号まで隔号で連載された、音楽評論家 秋山邦晴(1929-1996)による、当時現役で活躍中の作曲家、録音技術者をテーマとして論じた「日本の映画音楽史を形作る人々」。そして日本のアニメーションの発達史を辿りつつ、音楽・音響を考察した「アニメーション映画の系譜」。この二つの連載は、長らく書籍化が望まれていたが、ついに単行本化が実現したのである。
 この刊行の半年前、突然SNSの“メッセージ機能”を通じて、私のもとに本書の制作を進めていた編集者 朝倉史明さんからメッセージが届いた。まったく面識の無い人物からの連絡にいささか戸惑ったが、このことが思いがけず秋山邦晴氏と私の距離を縮めるきっかけとなる。
 朝倉さんからの問い合わせは、書籍で扱われている作曲家 池野成先生に関する記述についての事実確認を中心とするものだった。やり取りを重ねるうち、日本人作曲家の話題で盛り上がることもしばしばで、この本に携わっている方々ならSalidaが制作してきたCDにもご興味がおありかもしれないと思い至り、私は朝倉さんへ制作関係者様へのSalida・CDをお送りした。

 その関係者の中には高橋アキさんも含まれていた。
 いうまでもなく、高名なピアニスト 高橋アキさんは、秋山邦晴夫人。 
 これまで高橋アキさんが演奏会で取り上げてこられた作曲家とはおよそ主義・主張の異なる作品を収めたSalida・CDを果たしてどうお感じになられるか心配したが、それは杞憂だった。後日これまたSNSの“メッセージ機能”を通じて御丁寧にCDのお礼とSalida活動にたいしての応援メッセージをお送りくださったのだ。
 ほどなくSalidaは、CD『黛敏郎の雅楽 昭和天平楽』を制作。完成CDを高橋アキさんにプレゼントしたところ、
「実は私は初演を聴いています。その後出たLPも聴きましたが、昔のことで今は針もなくどうしようかと思っていたところに、この貴重なCDを頂戴し、音質も良く有り難く拝聴しています!」
 と大変喜んでくださり、こうして高橋アキさんとの御縁が生まれた。




 ―――高橋アキさんの御宅に作曲家 早坂文雄と芥川也寸志の肉声録音が保管されている。

 その衝撃的な知らせは、書籍刊行に際して高橋アキさん宅を出入りしていた朝倉さんによりもたらされた。それと同時に「早坂文雄と芥川也寸志」というワードに私はピンときた。
 秋山邦晴氏が1953年より編集長を務められた、東京交響楽団機関誌『シンフォニー』。その『シンフォニー』1955年No.12は「早坂文雄特集号」として、武満徹、松平頼則、大築邦雄、三浦淳史らによる対談や湯浅譲二の寄稿が掲載されている。そしてその中には芥川也寸志が記した早坂文雄邸訪問記「早坂さん今日は!」も収められているのだ。
 早坂・芥川の肉声録音とは、この「早坂さん今日は!」取材時に記録されたものではないのか―――

 私は、これまでの高橋アキさんとのつながりのおかげで録音内容を確認することを許された。
 芥川也寸志の質問に飄々と応じる作曲家 早坂文雄―――やはり録音は「早坂さん今日は!」の取材記録だった。
 録音を確認して改めてわかったのは、「早坂さん今日は!」は、取材記録を一言一句忠実に活字化しているわけではなく、芥川の筆により大意をまとめ、読み物として昇華したうえで記述されているため、発見録音の早坂文雄の発言などに既読感を感じることはほとんど無い。むしろ「早坂さん今日は!」よりも豊富な話題について語られる言葉の数々は、「早坂さん今日は!」熟読者である私に新鮮な感動を与えた。なにより日本を代表する二人の作曲家によって展開される対話は、そのままの状態で充分聴取に耐え得る文化的示唆に富んだ内容であり、間違いなく多くの方々に聴いていただくべき録音である。

 私はCD化許諾を得るべく、両作曲家の御遺族・芥川眞澄さん、北浦(早坂)絃子さんに連絡を取った―――

 御二人は快くCD化をお許しくださった。
 そもそも芥川眞澄さん、北浦絃子さん、そして高橋アキさんは以前より面識がおありで、今回のCD化希望を皆さんが喜んでくださった。
 そして、CD化にあたり北浦絃子さんにお話をうかがわせていただいたことと、早坂文雄が日々の気温に至るまで毎日「日記」を書く習慣を持っていたことにより、発見録音の謎は氷解した。

 今回発見された録音は、「1955年2月8日に購入したドイツ・グルンディック社のテープレコーダー」で早坂文雄自身が記録したものだった。


ドイツ・グルンディック社のテープレコーダーを操る早坂文雄。
ドイツ・グルンディック社のテープレコーダーを操る早坂文雄。



 このテープレコーダーについては「早坂さん今日は!」でも触れられている。

 さっきから早坂さんの坐っている椅子の側で、愛用のテープレコーダーがぐるぐる廻っている。
「人と話しているのをテープにとっておいて、後で一人で聞くと、いつまでも相手がいる様でとても楽しいものですよ。」
 早坂さんらしい言葉だ。(実はこの時の録音はその他にもっと実用的な目的があった。それは、このテープを聞きながら原稿を書けば、非常に能率的だろうという早坂さんの親心だったのである。ところがいざ書く段になってテープを廻してみたら、早坂さんの機械と僕の機械と廻転の方向が逆であることに迂闊にも気付かなかったので、ウォーオッ、ウワッウエッという様なことになって、折角の心ずくしが台なしになってしまった。申し訳ないと思う。)

〔出典:『シンフォニー』1955年No.12 「早坂さん今日は!」芥川也寸志〕



 芥川の機械とはあいにく回転方向が合わなかったものの、この時の録音が令和の時代に早坂文雄、芥川也寸志の肉声を伝えることになる。
 また、「1955年5月14日」の早坂の日記に、芥川がこの取材のため来訪した旨が書かれていることから録音日が特定され、さらに取材の模様を撮影した写真が早坂家に保管されていることが判明した。

 1970~80年代に秋山邦晴氏が、早坂の遺品確認・調査のため頻繁に早坂家を訪れた際、この録音を含む資料の貸し出しを申し出た。以来、録音は秋山氏宅で保管され続け、高橋アキさんを通じて今回の発見に結実したのである。
「今日まで無事に保管してくだって本当にありがとうございます」
 北浦絃子さんは、秋山邦晴・高橋アキ御夫妻への感謝の言葉を口にされた。

 こうして私は正式にSalida・CD「早坂文雄と芥川也寸志の対話」制作に着手したのである―――




 ここで作曲家 早坂文雄、芥川也寸志の関係について改めて確認しよう。

 早坂の日記によれば、二人の最初の出会いは1946年11月15日。伊福部昭より東京音楽学校で作曲を教えている生徒として芥川を紹介される。

「高雅なる風格あるも、やや迫力に欠くる感ある青年なり。同君ラヴェルを愛し、伊福部昭氏によれば、私に近き作風なりという」

〔1946年11月15日・日記より〕


 翌1947年に早坂は、映画『地下街二十四時間』(共同監督:今井正、楠田清、関川秀雄)の仕事で、芥川にオーケストレーションの手伝いを初めて頼んでいる。

「オーケストレーションの一部を芥川也寸志君に依頼す。この仕事を機会に、同君と親交を始む。同君、今年上野の音楽学校作曲科を首席卒業。将来ある新人と思う」

〔1947年4月18日・日記より〕



早坂文雄と芥川也寸志



 爾来、二人の親交は深まり1948年4月16日には芥川が、父・龍之介が描いた「河童」の絵を持って訪れ、早坂へプレゼントしている。
 映画音楽関連では、1950年9月に早坂が芥川に「映画音楽家協会」への入会を勧め、芥川はこれを快諾。1952年には日米合作映画『いついつまでも』(監督:ポール・H・スローン)の音楽を「音楽監督:早坂文雄 作曲・編曲:芥川也寸志」として担当する。また、1953年、早坂は『戦艦大和』(監督:阿部豊) の音楽担当を引き受けていたが、体調が悪化し、途中降板しては迷惑をかけるため、5月29日にこの仕事を芥川に頼んでいる―――
 とかく伊福部昭との関係が語られがちな芥川だが、このような現場での仕事を通じて作曲の技術的な面、たとえば繊細な旋律の発想・展開の点においては、むしろ早坂から多大な影響を受けているといえよう。

 対話が行われた1955年の早坂と芥川は、これらの経緯を経て、作曲の先輩・後輩の垣根無く、気さくに接しられる間柄となっていたのである。




 今回発見された録音は、右チャンネルだけにしか音声が記録されていない状態だったため、右チャンネル音声を左・右両チャンネルに振り分け、対話の内容が各テーマごとにまとまるよう最低限の構成・編集を施してCD収録音源を作成。
 このCD収録音源を芥川眞澄さん、北浦絃子さんにお聴きいただき、御承諾を得たうえで本CDは制作されている。

 ここに使用した音源は、プライベートな記録として公開を戸惑われる向きも当然あって然るべきものです。にもかかわらず、「より広く、より多くの方たちへ」という私の希望をお聞き届けくださり、CD制作を御快諾いただきました。
 この寛大な御決断に敬意を表し、改めまして芥川眞澄様、北浦絃子様に改めまして深く深く感謝を申し上げます。また、高橋アキ様、朝倉史明様をはじめ、Salida・CD「早坂文雄と芥川也寸志の対話」制作に御賛同・御尽力賜りましたすべての皆様に心より御礼申し上げます。




Salida・CD「早坂文雄と芥川也寸志の対話」DESL-018


黒澤明監督『羅生門』『七人の侍』、溝口健二監督『雨月物語』『山椒大夫』などの映画音楽や数々の純音楽作品を手がけたことで知られる作曲家 早坂文雄が、この世を去る5ヶ月前に芥川也寸志へ語った、自身の音楽観、映画音楽、伊福部昭 などについての肉声録音を奇跡的に発見。


DESL-018  ¥3,630(税込)


【収録内容】



【取り扱い】

タワーレコード HMV 他


【CD「小杉太一郎の純音楽」報道記事】




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作曲家 早坂文雄 略歴


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