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サイレント映画の時代で主役級の男優さんというのは、割と線が細いクールな色男タイプや、あとは個性的な時代劇スターですか、その中で小杉勇さんは特異な存在というか(笑)、人間味溢れる魅力があって、血の通った芝居をする役者さんだと思うんですね。
今回上映する『地獄の波止場』では、監督と主演の両方をされているんですけど、やっぱり存在感がものすごくて、監督なのに他の役者さんをしのぐすごい存在感で(笑)。監督でありながら、作品全体の重石として画面にも存在する、すごいと思います。やっぱり「男の世界」をやらせたら最高にうまい役者さんだなあと感じますね。小杉勇さんに「男の友情」とかそういうものを訴えかけられちゃったら、もうかなわないという(笑)。

髭を伸ばしているのは役作りのため。
写真の撮影時期から自身が監督した『暁の逃亡』あるいは
『飢える魂』(監督:川島雄三)への出演のためと考えられる。
(1956年7月 撮影:小杉太一郎)
映画監督としては、他にも名優と呼ばれる方々、例えば山村聰さんが『蟹工船』などの映画を撮るということはあるにはあるんですけど、そこはもう、こだわり抜いてこだわり抜いて数本監督したらだいたいそれで終わっちゃうんですよね。ですけど小杉勇さんは、プログラムピクチャーの時代にあって立派な職業監督として、しかも、石原裕次郎や吉永小百合主演作の二番手で上映される50分位のいわゆる「添え物映画」も含めて何十本も撮っちゃうわけですよ。それで「刑事物語」や「機動捜査班」なんて人気シリーズまで生み出してしまう。
ただ、そういう量産の時代にあって「監督・小杉勇」は、いわゆる巨匠という「傑作を撮った監督」というふうには認知されにくいと思うんですよね。たしかに偉そうな大作は1本も撮っていませんし(笑)。プログラムピクチャーというのは、会社の要請で短時間、低予算で、ほどよく面白い作品をたくさん撮る、もちろん鈴木清順監督もそういう作品をたくさん撮っていたし、その中から傑作も生まれているわけですが、そういう興味の中で、私が出会った『地獄の波止場』は、まぎれもなく“隠れた名作”だと思っています。くせのある登場人物たちの人間臭さは、まさに小杉演出だからこそ際立っているものだと思いますし、小杉さん本人が演じる苦悩に満ちた主人公は、まさに小杉勇のためにあるような役で、観る者の心を鷲掴みにするんです。
小杉さんの監督としての存在は、他の誰とも違ったと思うんです。大物俳優であり続けながら、職業監督を続けた映画人生ですから、特殊ですよね。

監督 小杉勇。
調布の日活撮影所にて。
あと、トークイベントの時に出た話で、小杉勇さんは演出する時に、こういうふうにするんだよって自分で演技をしてみせるそうなんです。またその演技がものすごく上手いんだと(笑)。以前上映した『あばれ騎士道』という作品は、実は渡哲也さんのデビュー作なんですけど、まだ新人だった渡さんを最初に小杉組にあずけたというのは、会社側として小杉勇さんから映画の演技のイロハをきちんと学ばせたいという考えがあってのことだろうと皆さんおっしゃっていましたね。
会社から与えられた脚本と役者で要請された作品をどんどん撮っていく、それをまっとう出来たということはやっぱり監督としての腕前があったからですよね。でも、そんな職業監督に徹してはいるけれども、もともとは戦前の大スターっていう(笑)。こんな存在は私は他に思いつきません。
もちろん戦後も小杉勇さんは、ご自分が監督されていない作品にも出演されていて、役者人生もきちんと歩んでいらっしゃる。60歳を過ぎてからも映画を撮ってますから、相当タフだったとは思いますが、もうその映画人生を考えると、まさに究極の映画人と言いたいですよね。
だけど、こんな話をしておきながら、私も(小杉勇が)どういう人かははっきりわからないという(笑)。どうしてそんな太くて長い映画人生を歩まれたのか…。ずっと小杉勇さんが引っ掛かり続けているんですよね。
ですから今回の特集は小杉勇という映画人について、何かを教えたいということではまったくなくて、皆さんの中でも是非この小杉勇さんが「引っ掛かって欲しい」という思いから企画したんです。

実は今回この特集を組む時は「生誕110年」のつもりじゃなかったんです(笑)。
これが何か霊的な運命を感じる話なんですけど、特集をすることが決まった時に小杉勇さんのお孫さんである椎名早苗さんへ私が手紙を書いたんですね。そしたらすぐに早苗さんがメールをくださったんですけど、その手紙が小杉勇さんの誕生日に届いたそうなんですよ。しかも御存命なら110歳の誕生日に(笑)。
早苗さんにしてみれば、小杉勇さんの誕生日に着くように私がねらって手紙を出したんじゃないかと思われたかもしれないんですけど、「誕生日に手紙が届いて驚いた」というメールをいただいた私が一番驚いたという(笑)。それでこりゃ大変だということで迷わず「生誕110年」と銘打ったんです。
実はちょうど昨年末に小津安二郎さんの「生誕110年」特集をやっていて、そういう意味でも今回の企画は感慨深いものがあるんですよね。
(※ 小杉勇氏写真はすべて小杉家提供)

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「引っ掛かり続ける小杉勇」 (1)/(2)
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小杉太一郎 研究活動