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奥平 一 氏 インタビュー

【石井眞木 作曲《アフロ・コンチェルト》】

石井眞木氏
写真提供:石井 敬

石井眞木 氏 略歴



 ―――石井眞木さんは、オーケスラ・ニッポニカとのつながりが非常に強い作曲家でいらっしゃいますね。


 ええ、オーケスラ・ニッポニカの立ち上げ、もうそれ以前から我々を応援してくださって本当にお世話になりました。

 眞木先生とはよく飲んだり、遊んだりしたんですけど、本当に気さくに「飲みましょう」「遊びましょうか」「うちにいらっしゃいよ」ってお声をかけてくださるんですよ。
 それでお宅にうかがうわけですけど、その時にお土産話がなかったことがない。「こういう演奏会やろう」とか「こんなこと考えたいんだけど」と必ず何かの企画がついてくる。そしてそこから数々の演奏会が生まれるわけですよね。あるいは私たちの方も眞木先生にお目にかかる時には何らかの企画やご相談事をお持ちするように心がける、そういうお付き合いでした。
 まあ、お元気だった頃は街で飲んでて興が乗るとご自宅にみんなを招いて、電車が無くなってもかまわず夜中までみたいなこともしばしばでしたね。



 ―――《アフロ・コンチェルト》は、オーケスラ・ニッポニカが取り上げた作品の中でも演奏回数が多いですね。


 ええ、そうなんです。今回CDに収録されている《アフロ・コンチェルト》は、眞木先生の没後10年にあたる2013年に行った「第23回演奏会 没後10年 石井眞木へのオマージュ」(2013年7月14日)で演奏されたものです。このコンサートにはリコーダー奏者のための《ブラック・インテンションI》もプログラミングして、オーケストラ作品だけではない演奏会にしたんですよ。眞木先生はそういうコンセプトがお好きでしたからね。

 実はこの時の《アフロ・コンチェルト》の打楽器は、藤井はるかさんという方に演奏していただくことが決まっていたんです。藤井はるかさんは、昔から眞木先生の作品を演奏されている打楽器奏者の藤井むつ子さんの娘さんなんですよ。今はニューヨークにお住まいで、ヨーヨー・マが立ち上げた「シルクロード・アンサンブル」というグループのメンバーとして世界中で活躍されています。

 昔、眞木先生から例のごとく呼ばれてお宅に遊びに行ったことがあるんですけど、そしたら眞木先生がほんとに「へへへっ」て言いながら(笑)「いや、いいビデオがあるから見せるよ」ってあるビデオテープを見せてくださったんですね。そしたらそれはニューヨークの音楽大学で演奏された《アフロ・コンチェルト》の録画で、演奏家からの手紙も同封されていたんです。実はその演奏家というのが藤井はるかさんだった。その時はどうも眞木先生は藤井はるかさんが藤井むつ子さんのお嬢さんだってことを知らないような感じだったんですけど、とにかく喜んで「いい子だろう!日本で今度《アフロ・コンチェルト》やる時はこの子とやろうよ!」っておっしゃってたんです。

 それで、すでに眞木先生はお亡くなりになっていましたけど、2004年に東京と北京で開催した「第2回日中友好合作現代音楽祭」で《アフロ・コンチェルト》を取り上げるとなった時に、眞木先生がせっかくあんなにおっしゃっていたんだから藤井はるかさんをニューヨークからお呼びしよう、ということになったんです。そしたらもう聞きしに勝る非常にシャープな演奏で本当にびっくりしたんですよね。  
 
 そうことがあって藤井さんとはすでに《アフロ・コンチェルト》をご一緒しているので、眞木先生の没後10年もと考えたんです。ところが、ちょうど藤井さんにお子さんができて、出産予定日がまさに演奏会の頃ということで、日程のだいぶ前に今回はちょっと無理そうだというご連絡をいただいたんですよ。
 それじゃあ打楽器はどうしようかと考えたんですけど、ちょうど菅原淳先生が以前にゲルト・アルブレヒトの指揮で《アフロ・コンチェルト》を演奏されていて、ニッポニカの打楽器メンバーからも菅原先生を押す声があったので最終的に菅原先生へお願いしました。

 眞木先生の没後10年演奏会で、長年のキャリアに裏打ちされた菅原先生の素晴らしい演奏とともに《アフロ・コンチェルト》を取り上げられたのはニッポニカにとっても本当に幸せなことでしたね。




奥平 一 氏 略歴



池野成 作曲《ラプソディア・コンチェルタンテ》収録CD
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