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ompany【 作曲家 池野成 考 】




池野 成の映画音楽


片山 杜秀 インタビュー

片山杜秀 出口寛泰

片山 杜秀 氏 略歴      取材 出口 寛泰



「妖怪大戦争」、「顔役暁に死す」など


 『妖怪大戦争』や『電送人間』は小さいうちに観てるんですよ。『妖怪大戦争』は封切りのときに映画館に行った記憶があるので、幼稚園ということになりますね。あの映画は幼稚園の友達のあいだでもずいぶん話題になっていたように覚えています。ダイモンという異国の妖怪のキャラクターがなんともこわくて。ただ、その段階では、はっきりと音楽を意識していた感じは残念ながらないんですねえ。ですから、子どもの頃から池野先生の音楽を耳にしていたのは間違いないけれども、これが池野成の音かとよく認知するようになったのは、小学校高学年からテレビでやる映画やドラマを作曲家に注意してマメにチェックするようになってからですね。
 
 その中で、私が気に入った池野先生の音楽の一番始めは、大映の『陸軍中野学校 竜三号指令』だったんじゃないかなあ。このメインタイトルの、アレグロの音楽が恰好いいと思って。アレグロへの憧れというのが、わたくしの場合、音楽趣味のうえで強くあって、あの頃は交響曲のレコード買ってもアレグロやプレストの楽章しか聴かないとかね。そんな調子だった頃に『竜三号指令』のタイトル音楽はひとつの理想でした。

 その次は、岡本喜八監督の『顔役暁に死す』ではないかなあ。私は平田昭彦のファンで、憧れて憧れて、お会いする度にサイン貰って、亡くなって二十年ですかね、今も大切にしておりますが、とにもかくにも『顔役暁に死す』は素敵なんですよ、平田さんが。抗争するギャング同士の片方のボスでね。もう片方は田中邦衛ですね。それでもって、そこにかぶる、あの池野先生のジャズっぽくダークで、特にタイトルの頭のところは無調的な、厚い音楽がとてもいい。こういうのがハードボイルドかなあと。わたくしの場合は、チャンドラーやハメットや大藪春彦よりも、あの音楽でハードボイルドとは何かを教えられたと言ってもいいくらいなものです。最近はよく、今頃こんな年になってミッキー・スピレーンを読むんですが、読み始めると、あの音楽が出てくるなあ。あと、映画の出だしで、加山雄三が車を運転してるんだけれども、そのカーラジオから、やけっぱちみたいなメチャクチャな歌がきこえてきて、それが耳について離れなくなって弱りました。なんか男が怒鳴って歌うんですよ。日本は富士や桜に限るとか何とか、そんな歌をね。それが池野先生作曲の映画用のオリジナルだと知ったのは、ずっとあとのことですけれども。


「夜の蝶」、「黒の斜面」


 それから、中学生だったと思いますが、『夜の蝶』を観て、これは凄いと思いました。『陸軍中野学校 竜三号指令』や『顔役暁に死す』はテンポの良い曲で、ある意味ノリで聴いていた部分もあるわけなんだけれど、『夜の蝶』のメインタイトルはなんか良い意味で変じゃないですか。つかみ所が無い。大映マークのところでは電子音が鳴ってて、そうしたら次にサックスが印象派的といいますか、神秘的にふわふわしたメロディをはじめたかと思うと、弦楽がまるでマントヴァーニとかみたいなエコーかけ気味のムード音楽風のカンタービレをやって、そうかと思うとミュージカル・ソウの音色がおばけのように漂って、それで最後にピアノが「ポン、ポン」って不協和音を点描的に鳴らす。どうしたらこんな音楽が出てくるんだろうと、首をひねって、何度も何度も録音を聴き直しました。 

 それとほぼ同時期に『女の勲章』も観たんですけど、そのメインタイトルがこれまた強烈で。あの「アーーーーー」って絶叫してるコロラトゥーラ・ソプラノが気味悪くて、女はこわいものだなあと(笑)。小学校から男子校に居て女というものをよく知らないから、この「アーーーーー」というのが女なのかと。これはたまらんと。それをとりまく器楽がまた、グリッサンドとかやたらかかって、とにかくヴォリュームのある響きで、迫力を感じました。

 あとは早いうちに接したのは、『嫉妬』とか『越前竹人形』とか『黒の斜面』とかですねえ。貞永方久監督の『黒の斜面』は、日曜の午後、テレビで初めて観ました。次の日の月曜からまた学校だし、ああ、また通勤電車で押し合いへし合い朝から行かなくてはいかんのか、いやだなあと思いはじめてくる時刻に、といいますのは小学校から満員電車で行ってましたもんですからね、とにかくそういう気怠い日曜の午後の夕方近く、池野成の、バスをトロンボーンとティンパニに支えられた、暗くて重い弦のメロディのうえに、加藤剛がラッシュアワーに無表情で新宿かどこかの駅の雑踏にもまれながら出勤する場面が俯瞰で淡々と写って、そういうのを観て聴いていると、もう人生いやになっちゃって、どこかに逃げたいなあと。そうやって池野成が染みついてしまいましたよ、心の襞の奥深くにね。


「ティンパナータ」、「ラプソディア コンチェルタンテ」など


 池野先生の演奏会用の作品となると、初めて聴いたのは、もう高校生になっていたでしょうか、まだ出来て日の浅い浅草公会堂で有賀誠門さんのコンサートがあって、そこでの《ティンパナータ》だと思います。その後、録音で《エヴォケイション》を聴いて、両方とも音色が深くて何だかやっぱり染みついてくる曲だなあと。

 1983年の芸術祭参加の《ラプソディア・コンチェルタンテ》のときは、ラジオのアンテナをものすごく気を付けてセットして、ヘッドフォンを付けて、ラジオの前に鎮座して(笑)、もう一音も聴き逃さないつもりでNHK-FMにかじりつきましたね。

 池野先生の映画音楽は、あの厚い低音のドローンを波状的に繰り返して、ゆっくり重く引っ張ってゆくイメージがとても強く、初めて《ティンパナータ》を聴いたときは、あれはティンパニや金管楽器の低音の圧力が主になる作品ですから、その意味では映画音楽の延長線上にすんなり入れたのですけれども、ただ演奏会用の作品の場合、その厚い低音が引き延ばされていった後に、だいたい異常にはじけたアレグロになって、これがまた執拗に続くでしょう。もちろん池野先生の映画音楽でもアレグロはたくさんあるんですけど、ちょっと映画で聴いてきて予想されてくるところからはみ出すくらい、コンサート・ピースでのアレグロがしつこくて強烈なものだから、はじめのうちはえらく驚きました。映画音楽では、この手のアレグロに行くためのイントロ、プレリュードのたぐいばっかり聴かされていたのかなあ、なんて。



片山 杜秀インタビュー(1)/(2)(3)




作曲家 池野 成 研究活動



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