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 池野は、ラヴェルやストラヴィンスキーの管弦楽法に驚くほど精通していた。彼の映画音楽を多少なりとも聴けば、それは分かる。しかし、池野は、大オーケストラを用いての響きの量感の探究はラヴェル等でかなり極められてしまったと感じていたようである。屋上屋を重ねることは、芸術家として潔くない。しかも、作曲家池野の見出だしていった、彼ならではのヴォリュームある響きとは、通常のオーケストラの楽器編成から、どんどん逸脱していった。

 その響きとは、端的に言えば、男性的でマッチョで、強く雄々しく逞しく、固い芯のある響きである。それは、黛敏郎の求め続けた響きと、かなり似ているかもしれない。黛はそんな響きを実現するために、やはり一時期、オーケストラのオーソドックスな編成を否定し、音勢の強い管楽器や打楽器を軸にする、独自の楽器のコンビネーションにこだわった。一方、武満徹は、黛や池野とは対照的に、女性の柔肌のような、とろける響きにはまってゆき、その実現のために、管楽器や打楽器を排除し、ピアノや弦楽器に執着した。だが、黛も武満も、すぐに物分かりがよくなり、通常のオーケストラの編成と自らの響きのイメージとを妥協させていった。

 ところが、池野の軌跡は逆だった。理想とする量感ある響きとはどうしても特定の楽器の音色でしか実現出来ないという想念に、年を経るにしたがい、ますます傾斜した。その楽器とは、トロンボーンであり、打楽器である。池野の求めたエネルギッシュな響きは、黛と似ているといっても、より重心が低く、大地の奥深いところに根を生やしている具合だった。その響きはどうしてもトロンボーンと離れられず、それが池野ならではの特異な編成による作品群に帰結した。池野の晩年、ソプラノ歌手の藍川由美が新作を委嘱し、それはついに出来なかったけれど、そこで作曲家が希望した編成は、やはりソプラノ独唱とトロンボーン・アンサンブルだった。

 結局、池野とは、黛敏郎や武満徹と比較されるべき、彼らと同じ世代的・体験的な背景を持った、響きの作曲家である。そして、自己の求めた響きのイメージにあくまで忠実であろうとしたその軌跡は、黛や武満よりも純粋と言える。

 ただ、残念なことに、作家としてあまりに妥協がなかったゆえに、遺された演奏会用作品があまりに少ない。けれども、それを補って余りある領分がある。膨大な映画音楽である。池野本人は、その仕事を恥ずかしがっていた。が、池野のヴォリュームある響きへの執念は、映画音楽の多くに於いても、トロンボーンを重用した、特殊な編成のオーケストラによって、存分に表現されている。

 演奏会用作品と映画音楽を等しく見渡すことによって、我々は、池野成という、戦後日本音楽の知られざる沃土を発見できるだろう。



作曲家 池野 成(1953年)
作曲家 池野 成




余りにも雄々しく、余りに純粋に (1)/(2)





作曲家 池野 成 研究活動

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