舞踊家 橘秋子は、23歳の武満徹に『銀河鉄道の夜』(1953)、25歳の湯浅譲二に『サーカス・バリエーション』(1954)、24歳の鈴木博義に『獅子と王女』(1955)など、新人作曲家へ積極的にバレエ曲を委嘱しました。
バレエ『角兵衛獅子』の音楽も、やはり当時作曲家としてデビューしたての山内正に依頼されています。その経緯を橘氏の実娘、舞踊家 牧 阿佐美氏にお伺いしました。
母は、若い才能の育成に情熱を燃やしていましたから、デビューして間もない作曲家の方達と一緒に仕事をするのを好んだんです。
武満徹さんも本当にお若い時ですよね。うちにいらっしゃって稽古場にあるピアノを踊りと一緒に演奏しながら作曲をされてました。でもその頃は結核を患っていらっしゃって、うちには写真を現像する暗室があったんですけど、しょっちゅうそこに駆けこんでは吐血されてましたよ。
そうやって作曲していただいたバレエ『銀河鉄道の夜』の音楽は、武満さんのおそらく初めての管弦楽作品にあたるそうなんですね。母と武満さんが音楽の打ち合わせをしている写真だとか、公演のプログロムは残っているんですけど、肝心の楽譜が行方不明なんです。これまでいろいろとお問い合わせもいただいたんですけど残念というほかありません。
母が山内さんに音楽をお願いしたのは、TBS賞がきっかけと言っていいと思います。
母は新しい才能に敏感でしたから、作曲コンクールがあるといつも関心を寄せていたんです。1961年の東京放送(TBS)創立10周年記念作曲募集の受賞作品の放送があるともう必ず確認していました。それでしばらく経ってから受賞者の方々を放送局を通じて自分のバレエ学校にお招きしたんですよね。
日本独自のバレエ作品を創造するという信念から母は『飛鳥物語』(1962)、『角兵衛獅子』(1963)、『戰國時代』(1966)というグランドバレエを創作していますが、お話したような経緯から『飛鳥物語』の音楽はTBS賞で〈入賞〉を受賞された片岡良和さん、続く『角兵衛獅子』は同じく〈入賞〉を受賞された山内さんに委嘱したのだと思います。
『戰國時代』の音楽は小杉太一郎さんにお願いしていますが、もしかすると山内さんと小杉さんが御親戚の間柄ということも関係しているのかもしれませんね。
牧 阿佐美氏は、1973年に第二幕を中心に構成されたバレエ『角兵衛獅子』の振付を担当。
インタビュー前日、その公演のプログラムが山内家より発見されたため、当日お持ちしました。
山内さんは、まじめであとやっぱり思いやりのある方でした。バレエの創作中、筋立てや場面取りの変更が相継いでも最後まで踊り手の要望を尊重して作曲してくださいました。
バレエ『角兵衛獅子』は、当然日本的な雰囲気が強い作品で、そうなると音楽はどうしても日本情緒を表現する方だけに走りがちになるんですけど、山内さんが作曲してくださったのは日本的で尚且つ「踊れる」音楽なんですよね。
あの当時“新しい音楽”といったらもう「キィーー!!」とか「ピーーー!!」とか「ブーーー!!」とか鳴るようなものばかりで(笑)。そういう中でバレエの踊りの動きに合う音楽、言葉で言うのは簡単ですけど、単純にリズミックだったらいいというものでもありませんし、それを作曲することはやっぱり大変なことですよね。
バレエ『角兵衛獅子』の音楽は、山内さんのすばらしい才能と感覚があってこそ生み出された音楽だと感じています。
山内正
作曲 バレエ音楽《角兵衛獅子》
作品について
【バレエ音楽《角兵衛獅子》音源を求めて】
CD「山内正の純音楽」収録作品
CD「山内正の純音楽」
作曲家 山内正 研究活動