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CD『黛敏郎の雅楽 昭和天平楽』令和3年度(第76回)文化庁芸術祭参加



「黛敏郎の雅楽 昭和天平楽」制作経緯


出口寛泰




 ―――歴史的大曲ですが、今後、またいつ演奏できる機会があるかわからない作品ですので、ぜひ、CDにしていただければと思います。


 黛敏郎 作曲《昭和天平楽》舞台蘇演音源をCD化するにあたり、伶楽舎からの許諾確認の御返事を受け取った私は―――


 ―――このCD企画は何としても成し遂げねば。


 そう思いを新たにした。




 国立劇場は、1966年の開館当初より「雅楽公演」を開催し、一般聴衆への雅楽の普及に大きく寄与した。
 この流れの中で、当時の国立劇場演出室長 木戸敏郎氏は、雅楽をより活性化させるため、新たな雅楽作品を現代の作曲家に委嘱することを発案。最終的に作曲家 黛敏郎に新作雅楽が委嘱される。
 黛は委嘱を快諾し、初の国立劇場委嘱雅楽作品《昭和天平楽》が誕生した。
 国立劇場の新作雅楽委嘱の取り組みは、その後も国内外の作曲家に行われ、武満徹 《秋庭歌一具》をはじめとする数々の雅楽作品が生まれる契機となった。

 《昭和天平楽》は、1970年10月31日、「第九回雅楽公演」(於:国立劇場大劇場)で作曲者の指揮、宮内庁式部職楽部の演奏により初演。
 翌1971年には初演メンバーによるスタジオセッション録音が行われ、レコード『日本現代音楽シリーズ―⑧ 黛 敏郎/昭和天平楽』(日本ビクター株式会社 VX-53)に収録・発売された。このレコード音源が、今日に至るまで《昭和天平楽》を聴くことが出来る唯一の録音だった。

レコード『日本現代音楽シリーズ―⑧ 黛 敏郎/昭和天平楽』(日本ビクター株式会社 VX-53)
レコード『日本現代音楽シリーズ―⑧ 黛 敏郎/昭和天平楽』(日本ビクター株式会社 VX-53)




 その後、《昭和天平楽》が再び舞台で演奏されたのは―――47年後である。


 《昭和天平楽》は、内容はもちろんのこと、編成からして異彩を放っている。通常の雅楽の編成を知ることによって、より本作の特異性が明確となるだろう。
 通常の雅楽は「舞楽」(唐楽〈左方〉・高麗楽〈右方〉の二つに分けられる)と「管絃」に大別される。


【舞楽】
唐楽〈左方〉
〔管楽器〕笙・篳篥・龍笛
〔打楽器〕鞨鼓・大太鼓・大鉦鼓

高麗楽〈右方〉
〔管楽器〕篳篥・高麗笛
〔打楽器〕三ノ鼓・大太鼓・大鉦鼓


【管絃】
〔管楽器〕笙・篳篥・龍笛
〔絃楽器〕琵琶・箏
〔打楽器〕鞨鼓・釣太鼓・釣鉦鼓


 《昭和天平楽》は、管絃の編成を基調にしながら、高麗楽で用いられる高麗笛、三ノ鼓を取り入れ、太鼓・鉦鼓は大太鼓・大鉦鼓としている。さらに通常の雅楽では使用されていない古楽器「()」「大篳篥(おおひちりき)」「大箏(だいそう)」「雅琴(がきん)」が加えられた編成となっている。


【昭和天平楽】
〔管楽器〕笙・竽・篳篥・大篳篥・龍笛・高麗笛
〔絃楽器〕琵琶・箏・大箏・雅琴
〔打楽器〕鞨鼓・三ノ鼓・大太鼓・大鉦鼓


 追加された古楽器は、いずれも低音楽器であり、単に天平時代に使用された楽器を加えたというだけではなく、低音を補う重要な役割を担っている。また、現在も使用されている神楽笛(かぐらぶえ)和琴(わごん)笏拍子(しゃくびょうし)といった楽器は加えず、外来楽器に限定したかたちになっている。

 この編成から生み出される音響が本作の特性をかたち作っているのはいうまでもないが、同時にこの特異な編成により、本作の演奏に物理的な意味での困難があることもまた事実だろう。
 加えて、作曲者による解説にあるように、本作は「完成された平安朝以降の日本文化の系譜に、一つのアンチ・テーゼを試みる」べく、雅楽の古典的美感から逸脱したバイタリティ溢れる音楽が、伝統的な雅楽の記譜法ではなく、無調的な音楽や不定形な旋律の記述に適した五線譜によって展開される。
 これらの点が楽師達に、ある種の戸惑いを与えたであろうことは、初演から舞台蘇演の実現まで47年もの歳月を要したことからも察せられる。

 冒頭の伶楽舎の言葉は、本作が「再演に値しない」という意味ではけっしてなく、上記の困難を乗り越え、蘇演を実現させたからこそ得られる実感から発せられたものなのだ。


 《昭和天平楽》は、「サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2017」を総合プロデュースされた音楽評論家 片山杜秀氏の立案により、2017年9月4日、サントリーホール ブルーローズで、ついに舞台蘇演された。
 伊左治 直の指揮、伶楽舎による演奏に私は感動した。その的確な技術に裏付けられた繊細かつエネルギッシュなサウンドは、間違いなく《昭和天平楽》に新たな輝きを与えるものだった―――


 ―――それから数年。


 《昭和天平楽》舞台蘇演を確認出来る記録が世に出ることはなかった。
 《昭和天平楽》を鑑賞するには半世紀前に制作されたレコードを聴く、というこれまでと変わらない状況が続いた。
 そして、2020年を境に《昭和天平楽》の実演に接するのは極めて困難になったと言わざるを得ないだろう。


 ―――Salidaに出来ることは......。


 気がつくと私は、公益財団法人サントリー芸術財団に《昭和天平楽》舞台蘇演の録音について問い合わせていた―――




 CDを制作するにあたっては、楽曲のみで構成するのではなく、「サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2017」の総合プロデューサーをつとめられ、黛敏郎《昭和天平楽》を舞台蘇演に導いた音楽評論家 片山杜秀さんの貴重なお話を併せて収録。
 前作「伊福部昭の純音楽」同様、片山さんの御自宅にて録音してくださるという、破格の御厚意により実現した企画である。

 収録音源のマスタリングは、Salida・CD「小杉太一郎の純音楽Ⅱ」「伊福部昭の純音楽」で、ハイクオリティサウンドを実現してくださり、大変な好評を得たソニー・ミュージックスタジオのチーフエンジニア 鈴木浩二氏に今回も引き続きお願いした。

 多くの方々の御協力により《昭和天平楽》舞台蘇演音源をCD化出来ましたことは、私個人といたしましても大変大きな喜びです。

 Salida・CD「黛敏郎の雅楽 昭和天平楽」制作に御賛同・御尽力賜りました皆様に改めまして心より御礼申し上げます。





令和3年度(第76回)文化庁芸術祭参加作品

■令和3年度(第76回)文化庁芸術祭参加作品一覧■

Salida・CD「黛敏郎の雅楽 昭和天平楽」ジャケット表


指揮:伊左治 直   伶楽舎


初演から47年の歳月を経て舞台蘇演された黛敏郎《昭和天平楽》音源を、蘇演実現に導いた片山杜秀氏のお話と共に初CD化。

〔音源提供:公益財団法人サントリー芸術財団〕

〔制作協力:黛りんたろう〕


JASRAC許諾番号:R-2150233JV  DESL-017  ¥3,630(税込)



【収録内容】




タワーレコード HMV 他



【CD「小杉太一郎の純音楽」報道記事】




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CD「黛敏郎の雅楽 昭和天平楽」収録内容


作曲家 黛敏郎 略歴




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