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ompany【 作曲家 池野 成 考 】



我が師 池野 成先生
小倉 啓介 インタビュー




第10回
伝説の浪人生
(2)





 あと浪人時代の思い出というと、確かあれは9月頃だったと思うんですけど、付属高校時代の同級生で金管をやっている連中が藝大で演奏会を開くことになって、まだ浪人生の私に作曲の委嘱をしてくれたんですよ。

 それでブラスアンサンブルの為の《Tupapau(ツゥパパウ)》という作品を書きまして、今は指揮者で活躍している本名徹次とかがトロンボーンで参加してましたけど、河合尚市さんという方が指揮をして初演してくれたんです。《Tupapau》というのはなんか“悪霊”とかそんな意味じゃなかったかなあと思うんですけど。いや、べつに藝大落とされたからそういうタイトルにした訳じゃないですよ(笑)。

《Tupapau》初演
《Tupapau》初演後、拍手を受ける小倉氏



 そうこうしているうちに二回目の受験がだんだん近づいて来て、とにかく志望校を決定しなくちゃいけなくなったんですね。

 藝大に落っこちた時点で、もう藝大はやめて、いっそのこと池野先生や伊福部昭先生がいらっしゃる東京音楽大学に飛び込んじゃおうかなという気持ちはかなりあったんです。
 でも松村禎三先生が「藝大に来たら面倒を見てやるから」とおっしゃってくださったこともあって、東京藝大にするか東京音大にするかで相当迷ったんですよ。


 それでもうとにかく池野先生に何度も相談しました。ですけど池野先生は絶対に結論を言わないんですよ(笑)。「こうした方が良い」とかいうことも一言もおっしゃらないで、とにかく

「自分の好きなところで好きにすればいい」

と言われて。 

 ある時には私があまりにもしつこく同じ事を訊いてくるもんだから、うるさく感じられたみたいで

「優秀な奴っていうのは、どこの学校行ったって優秀なんです!ダメな奴はどこ行ったってダメなんです!」

って言われたこともありましたね(笑)。


 一応、親にも東京音大の話をしたんですけど、そしたら「高校までずっと国立で来て、今更おまえ私立かよ」みたいな話になって(笑)。親にしてみれば国公立と私立の学校の話となると学費の問題がどうしても大きくなるわけですよね。
 それでもし東京音大に行くのならそれで構わないから、とにかく奨学金を貰えと。それが出来なきゃうちではちょっと行かせられないよ、という話になったんです。それでこっちもやってやろうじゃないかという気になったんで、奨学金が貰える「特待生」の認定試験を受けることにしたんですよ。


 結局、二度目の受験では東京音大の特待生認定試験と東京藝大の両方、この二つだけ受けることにしました。


 まず東京音大の試験の方が先に行われたので、とにかく受けに行ったんです。

 一次試験で和声やなんかの問題を出されたんですけど、なんだかあっという間に出来上がって、課題を提出したら後の残り時間は何にもすることが無くなっちゃったんですよね。
 そしたらたまたま試験会場の近くにピアノが置いてある部屋があって、中を覗いてみたら誰もいないんで勝手に入っていってストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》をずーっと弾いて遊んでたんですよ。とんでもない受験生なんですけど(笑)。


 その次には面接試験があって、試験会場に入ってみると伊福部昭先生、池野先生をはじめとする先生方がずらっといらっしゃるわけですよね。そうしたら伊福部先生が開口一番、

 「いやー、《ペトルーシュカ》をなかなか達者に弾いておられました」

 っておっしゃって(笑)。

 さっき弾いてたピアノが作曲科の先生達の部屋に筒抜けだったみたいなんですよ(笑)。伊福部先生の横にいる池野先生をふと見たら顔がもう真っ赤になってて(笑)。


 それで先生方と面と向かって色々お話をするわけなんですけど、実は一次試験で馬鹿なことをやりまして、作曲とか実技関係は全部問題なくクリアしたんですけど、楽典の試験で「調号を使って書け」という問題を全部「臨時記号」で書いちゃったんですよ。確か試験で90点以上取らないと特待生になれないんですけど、そのミスのためにまとめて20点引かれて80点になっちゃったんです。

 それをまた伊福部先生がなんだかひどく気にされて

 「小倉君、これは我々の問題の出し方も悪かったです」

 とおっしゃるもんだから

 「とんでもない。こっちの勘違いです」

 というような話をしたんですよね。


 結果的に奨学金を貰える特待生にはなれなかったんですけど、東京音大の入試自体には合格したんですよ。
 まだ東京藝大の入試が控えていたんですけど、とにかく去年のことがあるし、どうなるかわからないので、親に無理を言って東京音大にとりあえず入学金だけは払ってもらったんです。


 そして次がいよいよ東京藝大なんですよね。

 試験の内容はまあだいたい去年と同じだったので問題無く面接試験までいきました。
 それでどうなることかと思って面接を受けたんですけど、ふと見たら試験官の先生方の真ん中に松村先生が「やあ」みたいな感じでいらっしゃるんですよ(笑)。
 前にもお話したように去年は藝大作曲科主任だったY先生が入試の中心的な存在としていらっしゃったわけですけど、私が浪人している間に急にお亡くなりになったんです。そのせいなのか何なのか松村先生以外の先生方はなんだかとても大人しくて去年とは雰囲気がガラリと変わってるんですよね。
 試験官の中には去年言い争いになった先生もいたんですけど(笑)、結局何事も無く面接は終わって、あっという間に藝大に受かっちゃったんです。


 それでまたどっちに行くかで悩んだんですけど、そしたら池野先生がいきなり

 「私、藝大にも非常勤講師で教えに行くことになりました」

 って言うんですよ(笑)。


 それだったら、東京音大は特待生になれなかったし、まあ受かったんなら藝大に行ってみようかということになったんです。


 ですから東京音大に払った入学金はパアになっちゃいました(笑)。










第11回 藝大 松村禎三クラス



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