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ompany【 作曲家 池野 成 考 】



我が師 池野 成先生
小倉 啓介 インタビュー




第5回
 我が師の恩(1)



 藝大付属高校に入ってからも、学校が終わった後は家に帰らずに池野先生のお宅に直行して、とりとめのないお話に付き合っていただいていました。
 これは中学生の頃からですけど、そういう時に池野先生はありとあらゆる音楽の側面・内容・歴史の話、それ以外にも文学作品や日本文化についての話、その他の雑学など、もういろんな話をしてくださいました。



【読書について】


 私が中学生の時にシャーロックホームズに凝ってたんですね。コナン・ドイルのその他の著書とか、何かその手のものを結構読んでいて、ある時「あれは推理小説だけど面白いですね」という話しを池野先生にポッとしたのですよ。そうしたら、

「小倉君、人生短いのだからね、若いうちには古典を読みなさい」

と言われて。それで紹介されたのが、いきなりハーマン・メルヴィルですよ(笑)。それで、あの『白鯨』を退屈だなあと思いながらも延々読んで。それからそう言われたらもうしょうがないなと思って、ゲーテからヘッセからみんな片っ端から読み始めたんですね。そうなると今度は

「小倉君、シェイクスピアをちゃんと読むべきだ」

という話しになって、そういうのを散々読まされたというか、こっちも結構意地で読んだ記憶がありますね。

 そのうち『ジャン・クリストフ』なんか長いんですけど面白いなと思いながら読むようになりましたけど、とにかく古典を読めということでした。でも後から考えれば確かにその通りだなと思いますね。
 

 私が中学3年生の時に、高校2年生の年上の彼女がいたんです。で、その彼女というのも凄い本の虫だったんですけど、とにかくこっちが読んでる本の名前を聞いてぶっ飛んじゃうわけですよ。
「中学生なのにそんなの読んでるの?」
なんて言ってたんですけど、そんな時はちょっと小気味良かったですね(笑)。
 
 それで高校に入学して、その時のガールフレンドもやっぱり読書好きだったんですけど、ちょっと変わった人で、長編の有名なものよりも短編のちょっと気の利いた、人の知らないものを探して読むのが好きな人だったんです。こっちが『ジャン・クリストフ』だとかゲーテだとかヘッセだとかを随分読んだという話をしたら、
「それだったらむしろ隠れた面白いものを読んでもいいんじゃない?」
と言うんですね。それで
「何読めばいいの?」
と聞いてみたら、例えばサマセット・モームの『月と六ペンス』はどうだと言うんで、モームのその他の短編集も含めて読んでみたら面白かったんです。だから池野先生に「サマセット・モームは面白いですね」という話をしたんですけど、そうしたら

「いや、サマセット・モームなんていうのは、ありゃ卑怯者ですよ」

って言うんですよ(笑)。

「それだったらハーマン・メルヴィルのほうが遙かに物書きとしては侍だから」

というお考えなんですね。


 池野先生からはメルヴィルの『白鯨』の話を随分伺いましたけど、いつも出てくるのが第23章「風下の岸」というやつでした。バルキントンという船乗りをいわば慰める文章なんですね。

 何年にもおよぶ危険な航海が終わって陸地に上った時、普通ならしばらくゆっくりして良い思いをするところなのに、バルキントンはひと休みもしないでまたすぐに暴烈な長期航海に乗り出していくんです。
 「おのれの独立を守ろうとする魂の頑強不敵な努力」それがすべての深遠眞卒な思索につながるんですけど、その努力を行っているものに対して、港や陸地という優しいもてなしが待っている場所というのは、逆に害なんだということですね。
 安全な風下の岸に吹きつけられる不名誉を負うよりは、真理を求めて自ら嵐、つまり危害の中を漕ぎ進む方がよっぽどましで、それでもし海で死んでしまったとしても、そういう姿勢で生きている人間というのは、死んだ時にその人の「神性」が天に向かって水しぶきとともに立ち上るのだと。そういうことが書いてあるのです。

 この章がとにかく「素敵だ素敵だ」と池野先生はいつもおっしゃっていて、なるほどなあと思いながら聞いていました。


『白鯨』上下巻(新潮文庫)
かつてSalidaが池野成氏よりいただいた『白鯨』上下巻(新潮文庫)。
『白鯨』は各出版社より様々な翻訳本が出版されているが、生前池野氏は
「新潮社から出ている『白鯨』が私は一番好きです」とおっしゃっていた。



 あと、中学生を相手に吉田健一を読めって言うんですね(笑)。それで『ヨオロッパの世紀末』と『英国の文学』という2冊の本をご紹介頂いたんです。

 『ヨオロッパの世紀末』は、ヨーロッパが世紀末ごとに革命を起こしてきたという内容の本ですね。もう一方の『英国の文学』については最初に何が面白いのですか?という話を池野先生としたんですけど、とにかく日本人がシェイクスピアを読んだ時に誤解をしやすい、ということがわかるんですよね。シェイクスピアって日本の感覚で読むと、へー凄い素敵だね、というぐらいにしか感じないけれども、実際ヨーロッパの気候、特にイギリスの気候を考えた時に、シェイクスピアの夏の日が短いという感覚がどういうところから来ているのかということを『英国の文学』は全部解説するわけですよ。これは読んでみて確かに面白かったですね。



吉田健一著『ヨオロッパの世紀末』&『言葉といふもの』
小倉氏が所蔵の『ヨオロッパの世紀末』と同じく吉田健一著『言葉といふもの』






第6回 我が師の恩(2)


我が師 池野 成先生 小倉 啓介 インタビュー



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