本文へスキップ


 






引っ掛かり続ける小杉勇



佐藤 奈穂子(神保町シアター支配人)

インタビュー





『警察官』

 2012年4月に行った「巨匠たちのサイレント映画時代Ⅱ」特集の中で『警察官』(1933年 新興キネマ/監督 内田吐夢)という作品を神保町シアターで初めて上映したんです。そしたら『警察官』が断トツの人気で都合3回上映したんですけど、もう3回とも満席になったんですよ。

 『警察官』は面白い作品だと知っていましたが、こんなに人気のあるとは思わなくて(笑)。別に綺麗な女優さんが出てくるわけでもないし、警察官と追われる犯人の地味な男の友情の話なんです。その時は、「なんでこんなに人気があるのかなあ」と不思議に思うだけで、それが主演である小杉勇さんの人気なんだろうかとか、正直あまり小杉さんのことは気にも留めていなかったんですね(笑)。

 それから、小杉勇という俳優が、戦前から溝口健二、内田吐夢という錚々たる巨匠の作品で主演をつとめた、当時は相当な大スターであったことを知って。さらに戦後は映画監督としても活躍されたということを知って驚いて。どんどん興味を持ち始めたんです。

 サイレント映画というのは音声が無いですが、いわゆる紙芝居のように、画だけでだいたい物語を理解出来るようにできているんです。合間に会話なんかの説明の字幕も入りますが、伴奏付や活弁付きなら、ピアノの伴奏者や弁士が映像に合わせて音楽や説明を付けてくれるので、より分かりやすく観れます。

 『警察官』はサイレント映画の中でも画面の力がすごく強い作品だと思います。幸い状態の良いフィルムが残っていることもあって、ピアノ伴奏だけで充分観応えがあるんですね。だからお客様からも「また観たい」というリクエストが多くて、ちょうど1年後の2013年4月のサイレント特集で『警察官』をまたアンコール上映したんです。そしたら都合2回の上映がまた札止め満席になっちゃって(笑)。

 今回の特集でも『警察官』を上映するので、ですから、もう3度目のアンコール上映なんですね。ただ今回は、以前から弁士の片岡一郎さんが『警察官』をやりたいとおっしゃていたこともあって、一回だけですが初めて活弁付きの上映を行います。間違いなく満席でしょう。


小杉勇の謎

 2013年は日活創立100周年ということで、年明けから「日活映画100年の青春」特集をやったんですけど、個人的にですが、ちょうど小杉勇さんの監督作品を1本でも多く観たいと思っていた時期でもあって(笑)、『狂った脱獄』(1959)、『抜き打ち風来坊』(1962)、『あばれ騎士道』(1965)の3本をさり気なく組み込んだんですよ。同じ頃にフィルムセンターで『地獄の波止場』(1956)の上映もあって、ますます小杉映画にはまっていきました。音楽はすべて息子さんの小杉太一郎さんが担当されていますよね。


写真


そうやって立て続けに小杉勇さんの監督作品に触れることによって

―――戦前からのスター俳優だった人が、戦後はなぜ映画監督になったのかなあ。

という興味が大きくなったんですよ。ですけど、小杉勇さんを研究されている方がいるなんてことも聞いたことがなくて、小杉勇さんについて詳しく書いてある本にも私はまだ出会ったことがないんですね。それで『あばれ騎士道』を上映した時に小杉組で助監督をされていた藏原惟二監督を「小杉勇監督の想い出」というテーマのトークイベントにお招きしたんです。個人的には「小杉勇さんは俳優からなぜ映画監督になったのか」をお聞きするのが目的みたいな感じで(笑)、でもそうしたら、藏原監督は、「全然知らない(笑)」とおっしゃって(笑)。「そういう話はあんまり聞いたことがないと思う」ということだったんです。

 他にも助監督をされていた澤田幸弘監督や当時お付き合いのあった方たちのトークイベントを開催したんですけど、皆さん小杉勇さんのことが大好きで、悪く言う人がまったくいないんです。とても人付き合いが良い方で、「撮影が終わるとスタッフを飲みに連れて行ってくれて、そのまんま小杉さんの家に泊まって、翌朝またみんなで出勤したんだよ」なんて思い出話が出るくらい、とにかくお世話になったと皆さんおっしゃってました。当時のスタッフの間では、つきたくない組はたくさんあれども「小杉組」となるとみんな喜んで「俺行く!俺行く!」って取り合いになったほどだそうです。

 ですけど、小杉勇さんから「なぜ職業監督になったのか」、聞いたことがある方はいらっしゃらなかったんです。役者さんの演出方法というのは、「(自分が)役者をやっていただけに独特のこだわりがあったとは思う」と皆さん口を揃えられていたんですが、結局、謎は深まるばかりで(笑)。

写真




監督・俳優 小杉勇

 サイレント映画の時代で主役級の男優さんというのは、割と線が細いクールな色男タイプや、あとは個性的な時代劇スターですか、その中で小杉勇さんは特異な存在というか(笑)、人間味溢れる魅力があって、血の通った芝居をする役者さんだと思うんですね。

 今回上映する『地獄の波止場』では、監督と主演の両方をされているんですけど、やっぱり存在感がものすごくて、監督なのに他の役者さんをしのぐすごい存在感で(笑)。監督でありながら、作品全体の重石として画面にも存在する、すごいと思います。やっぱり「男の世界」をやらせたら最高にうまい役者さんだなあと感じますね。小杉勇さんに「男の友情」とかそういうものを訴えかけられちゃったら、もうかなわないという(笑)。


写真


 映画監督としては、他にも名優と呼ばれる方々、例えば山村聰さんが『蟹工船』などの映画を撮るということはあるにはあるんですけど、そこはもう、こだわり抜いてこだわり抜いて数本監督したらだいたいそれで終わっちゃうんですよね。ですけど小杉勇さんは、プログラムピクチャーの時代にあって立派な職業監督として、しかも、石原裕次郎や吉永小百合主演作の二番手で上映される50分位のいわゆる「添え物映画」も含めて何十本も撮っちゃうわけですよ。それで「刑事物語」や「機動捜査班」なんて人気シリーズまで生み出してしまう。

 ただ、そういう量産の時代にあって「監督・小杉勇」は、いわゆる巨匠という「傑作を撮った監督」というふうには認知されにくいと思うんですよね。たしかに偉そうな大作は1本も撮っていませんし(笑)。プログラムピクチャーというのは、会社の要請で短時間、低予算で、ほどよく面白い作品をたくさん撮る、もちろん鈴木清順監督もそういう作品をたくさん撮っていたし、その中から傑作も生まれているわけですが、そういう興味の中で、私が出会った『地獄の波止場』は、まぎれもなく“隠れた名作”だと思っています。くせのある登場人物たちの人間臭さは、まさに小杉演出だからこそ際立っているものだと思いますし、小杉さん本人が演じる苦悩に満ちた主人公は、まさに小杉勇のためにあるような役で、観る者の心を鷲掴みにするんです。

 小杉さんの監督としての存在は、他の誰とも違ったと思うんです。大物俳優であり続けながら、職業監督を続けた映画人生ですから、特殊ですよね。



(小杉勇 写真 掲載予定)


 あと、トークイベントの時に出た話で、小杉勇さんは演出する時に、こういうふうにするんだよって自分で演技をしてみせるそうなんです。またその演技がものすごく上手いんだと(笑)。以前上映した『あばれ騎士道』という作品は、実は渡哲也さんのデビュー作なんですけど、まだ新人だった渡さんを最初に小杉組にあずけたというのは、会社側として小杉勇さんから映画の演技のイロハをきちんと学ばせたいという考えがあってのことだろうと皆さんおっしゃっていましたね。

 会社から与えられた脚本と役者で要請された作品をどんどん撮っていく、それをまっとう出来たということはやっぱり監督としての腕前があったからですよね。でも、そんな職業監督に徹してはいるけれども、もともとは戦前の大スターっていう(笑)。こんな存在は私は他に思いつきません。

 もちろん戦後も小杉勇さんは、ご自分が監督されていない作品にも出演されていて、役者人生もきちんと歩んでいらっしゃる。60歳を過ぎてからも映画を撮ってますから、相当タフだったとは思いますが、もうその映画人生を考えると、まさに究極の映画人と言いたいですよね。

 だけど、こんな話をしておきながら、私も(小杉勇が)どういう人かははっきりわからないという(笑)。どうしてそんな太くて長い映画人生を歩まれたのか…。ずっと小杉勇さんが引っ掛かり続けているんですよね。

 ですから今回の特集は小杉勇という映画人について、何かを教えたいということではまったくなくて、皆さんの中でも是非この小杉勇さんが「引っ掛かって欲しい」という思いから企画したんです。 


生誕110年の不思議

 実は今回この特集を組む時は「生誕110年」のつもりじゃなかったんです(笑)。

 これが何か霊的な運命を感じる話なんですけど、特集をすることが決まった時に小杉勇さんのお孫さんである椎名早苗さんへ私が手紙を書いたんですね。そしたらすぐに早苗さんがメールをくださったんですけど、その手紙が小杉勇さんの誕生日に届いたそうなんですよ。しかも御存命なら110歳の誕生日に(笑)。

 早苗さんにしてみれば、小杉勇さんの誕生日に着くように私がねらって手紙を出したんじゃないかと思われたかもしれないんですけど「誕生日に手紙が届いて驚いた」というメールをいただいた私が一番驚いたという(笑)。それでこりゃ大変だということで迷わず「生誕110年」と銘打ったんです。

 実はちょうど昨年末に小津安二郎さんの「生誕110年」特集をやっていて、そういう意味でも今回の企画は感慨深いものがあるんですよね。












神保町シアター【上映作品・スケジュール詳細】

「生誕110年 小杉勇」チラシ・表



神保町シアター【劇場案内・地図】

神保町シアター外観神保町シアター内部



小杉 勇 氏 略歴


小杉太一郎 研究活動


inserted by FC2 system