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「コンビーフ丼」話譚(2)





(2)


 「コンビーフ丼」―――それは、カツ丼と同じ要領でコンビーフを割り下で調味し、鶏卵とじにした具を丼飯にのせたものだった。しかし、戦後は割り下を作ろうにも砂糖や、出汁を取る鰹節が容易に手に入らない。そのため水と醤油でコンビーフを煮て、それを勇宅で飼っていた矮鶏(チャボ)が産んだ卵(2個)でとじるというものだった。
 それでも、とてつもなく星の巡り合わせがよい時には、砂糖の代わりに、当時小杉家の前に在った「三井牧場」に出入りする養蜂業者から都合してもらった蜂蜜を使い、出汁に伊豆諸島を構成する島の一つである「式根島」出身の親戚が送ってくれる「割りあご(飛魚の煮干し)」から取った「あご出汁」を使って作ることもあったという。
 改めて戦後食糧難の時代ではあり得ない大ご馳走である。

「戦争が終わって、ターチャン(太一郎)の友達がうちに遊びに来ると作ってあげたんだよねえ。三木(稔)君はうちに住んでたようなものだから、よくこれを食べてねえ。池野(成)さんも食べたし、原田(甫)さんも食べたし……」

 べつに尋ねたわけでもないのに「コンビーフ丼」について滔々と語る操の話を驤齪Yは聞くともなしに聞いていたが、「コンビーフ丼」は美味しかった。また食べたいと思った。
 食事に反応を示すことの少ない驤齪Yからそのことを伝えられ喜んだ操は、おもむろに床下を捜索しはじめた。そして、二つの木箱を見つけ出すと、
「ああ、まだこれがあった」
と呟き、箱に打たれた釘を抜いてバリバリと開封した――――――

 箱の中には、ラベルは変色し錆びだらけではあるものの、Libbyのコンビーフ60缶が綺麗に並んでいた。もう一つの箱と合わせ、兄から送られたコンビーフ120缶が、20年以上の時を経て、日の目を見たのである。

 太一郎がこのコンビーフを見つけようものなら
「こんな古いものを食べるのはやめておけ!!」
と叫んだに違いない。しかし、驤齪Yはまったく気にせず、その日以来、夜食はこのコンビーフを使った「コンビーフ丼」を自分で作り食べ続け、また、体調になんら異常をきたすこともなかった――――――


こうして、Libbyのコンビーフ120缶は驤齪Yの高校在学中にすべて食べ尽くされたのである。




(文中敬称略)



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Salidaは、この「コンビーフ丼」の存在を後世に伝えるべく
驤齪Y氏への取材を執拗に繰り返し、その調理手順を記録。

 この度のCD「小杉太一郎の純音楽」文化庁芸術祭参加を記念して、
「コンビーフ丼 完全レシピ」世界初公開の運びに至った次第です。




小杉家秘伝「コンビーフ丼」完全レシピ【世界初公開】

小杉家秘伝「コンビーフ丼」完全レシピ【世界初公開】

小杉家秘伝「コンビーフ丼」完全レシピ【世界初公開】







「コンビーフ丼」話譚(1)/(2)



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